仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)117号 判決
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、
一、本件控訴の提起は控訴委員会の代表者会長である津島文治が、控訴委員会の控訴提起に関する決議を経ず、従つて控訴提起の権限がないのに独断でした不適法なものであるから、控訴却下を求める。
二、原判決事実摘示の被控訴人の主張事実中(原判決二枚目裏九行目)「先づ同年四月単身帰郷し」とあるのは、「先づ昭和十九年四月単身帰郷し」の誤記であるから訂正する。
三、本件農地買収計画は、昭和二十三年十月二日の公告の日から同月十一日まで九日間をその書類の縦覧期間とし且その期間を異議申立期間と定め、これについて法定の十日の期間をおかなかつたものであるから右買収計画は結局違法である。
四、本件訴願裁決書が昭和二十四年六月三日被控訴人に送達されたことは争わないが、当時被控訴人は旅行不在中であつて、右裁決のあつた事実は同年七月四、五日頃帰宅して初めて知つたのである。
と述べ、控訴代理人において、
一、被控訴人主張の右一の控訴不適法の事由のあることは否認する。
二、本件買収計画決定に関する公告の日は昭和二十三年十月二日である。
と述べた外、原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
先ず被控訴人の本案前の抗弁につき案ずるに、控訴委員会の代表者会長が津島文治であることは被控訴人の争わないところであり、右事実と記録添付の控訴人の訴訟代理人選任書及び指定代理人指定書並びに本件控訴状を綜合すると、本件控訴は津島文治が控訴委員会の代表者会長としてこれを提起したものであることが認められ、同人において権限がないのに独断で控訴を提起したことは認められない。よつてこの点に関する被控訴人の抗弁は採用することができない。
次に控訴人の本案前の抗弁につき案ずるに、本件裁決書が昭和二十四年六月三日被控訴人方に送達されたことは当事者間に争がない。しかるに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、当時被控訴人は北海道方面を行商中で不在であつて、同人はその後同年七月五日頃帰宅して初めて本件裁決のあつたことを現実に知つたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。自作農創設特別措置法第四十七条の二にいわゆる「当事者がその処分のあつたことを知つた日」とは当事者がかように処分のあつたことを現実に知つた日を指すのであつて、これを知り得べかりし日を指すものではないから被控訴人が本件取消の訴を提起した日が昭和二十四年八月三日であることは記録上明瞭である。本件では、被控訴人が右裁決のあつたことを知つた日から一箇月以内で裁決書送達の翌日より起算して二箇月以内に訴を提起したものというべく、その出訴期間経過の事実はないものというべきである。よつてこの点に関する控訴人の抗弁は採用することができない。
よつて本案について審究するに、被控訴人が肩書居村に本件畑三反五畝十七歩の他に宅地七筆計八百九十四坪七合、家屋九棟計百六十三坪五合、畑三筆計二反五畝二十七歩、山林二十筆計二町一反一畝二十歩、原野四筆計五反四畝三歩を所有していること、訴外向村農地委員会が訴外留目松次郎の請求に基き本件畑につき昭和二十三年十月二日自作農創設特別措置法第六条の二第三条第一項第一号により買収計画を定めてその公告をしたので、被控訴人は昭和二十三年十一月二十八日同委員会に異議の申立をしたが棄却され、昭和二十四年二月六日青森県農地委員会に訴願したところ、同年五月三十日訴願棄却の決定があつたこと、その後機構の改革により控訴委員会において昭和二十六年八月二十二日青森県農地委員会の地位を承継したことはいずれも当事者間に争がない。
被控訴人は、右買収計画はその書類の縦覧期間を九日間とし且その期間を異議申立期間と定めたものであつて、これについて法定の十日の期間をおかなかつたものであるから結局違法である旨主張し、成立に争のない乙第七号証によると、右書類の縦覧期間を昭和二十三年十月二日から同月十一日までとし異議申立期間を縦覧期間中とし、これについて九日の期間をおいたゞけで法定の十日の期間をおかなかつたことが認められるが、自作農創設特別措置法第六条第五項に農地買収計画の書類につき十日の期間をおくべき旨定めたのは、同法第七条の法意に照し右計画の内容を利害関係人に知らしめ農地所有者の異議申立権を害することなからしめる趣旨に出でたものというべきであるから、その期間の不足が僅かに一日に過ぎず且つ本件農地所有者である被控訴人においてすでに右買収計画に対して異議の申立をし、右異議の申立が前示昭和二十三年十月十一日までの期間を経過したことを理由にその申立権なきものとして排斥されたことの認められない本件においては、被控訴人において前示期間の足りないことを理由としてその買収計画の違法を主張することは許されないものというべきである。而して成立に争のない甲第一号証、第四号証の三、当審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認める甲第四号証の一、二、第五乃至第七号証、原審証人坂本とし、原審及び当審証人留目儀兵衛、谷内源太郎、留目銀太郎の各証言、原審における証人留目松次郎の証言の一部、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、被控訴人は肩書居村に出生したもので又前示不動産は父祖伝来のものであるが、被控訴人は壮年時代渡道し爾来二十数年の間帝室林野局札幌支局其の他に勤務し、時々墓参其の他の用務で帰省していたが、前叙不動産の管理は従弟である訴外留目儀兵衛に委託していたところ、右儀兵衛は昭和十一年四月頃訴外留目松次郎に対し当時相当荒廃してはいたが五、六年生の林檎樹二十数本生立していた本件向村大字大向字下比良百三番地の三畑三反五畝十七歩を被控訴人が北海道から引揚げて帰郷するまでという約束で貸与したので、松次郎は昭和十三年頃被控訴人の調達した二年生林檎苗木約五十本を植栽して耕作に従事して来たのであつて、その間松次郎は賃貸人である被控訴人に対し賃借料の意味で幾程かの対価を支払つてきたこと、被控訴人は予ねて恩給年限に達した際は帰農する意思があつたのでその旨松次郎等にも洩らしていたのであつたが、恩給受給年限に達した昭和十七年職を辞してまづ訴外留目徳次郎に貸していた肩書住所地所在の家屋の明渡を求め、昭和十九年四月単身帰郷してかねて前示徳次郎から明渡を受けた肩書住所地所在住宅を修補改装して住所としこれに居住すると共にその頃松次郎に対しいよいよ右のように帰郷するに至つた旨を通知し前示賃貸借の終了による本件畑の返還方を求めたこと、しかるに松次郎は右の事情を知りながら容易に本件畑を返還してくれなかつたので、被控訴人はやむなく同年十二月中旬ともかくも北海道における残務を整理して家族を帯同するため再び渡道し、昭和二十二年五月二日家族全員を連れて前叙住宅に帰来しその後も松次郎に対し本件畑の返還方を求めたことをいずれも認めるに十分である。原審及び当審証人留目松次郎の証言中右認定に反する部分はこれを採用し難く、成立に争のない乙第一号証の二、三によると被控訴人は松次郎より昭和二十三年一月二日金壱千円、昭和二十四年一月四日金千五百円を各受取つていることが認められるが、同号証と前顕甲第五、六、七号証、原審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、右は被控訴人において松次郎から本件畑の返還を受け得られなかつた期間の損害金の趣旨で受取つたものであることが認められるから、これを以て前認定の妨とはならないし、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。
然らば昭和二十年十一月二十三日現在においては少くとも本件畑の賃貸借契約はすでに終了していたものと認むべく、従つて本件畑は当時すでに小作地ではなかつたものというべきである。よつて本件畑につき訴外向村農地委員会がこれを被控訴人所有の小作地として定めた本件買収計画は違法であり、従つて右買収計画を支持して被控訴人の訴願を棄却した控訴委員会の本件裁決も違法を免れないからその余の争点に対する判断をするまでもなく右裁決の取消を求める被控訴人の本件請求は正当である。
以上により右と同趣旨に帰する原判決は結局相当であるから本件控訴を理由なしとして棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村木達夫 檀崎喜作 細野幸雄)